妊婦健診で検査する「HTLV-1」ヒトT細胞白血病ウイルス1型とは?ママや赤ちゃんの影響について【医師監修】
- 2024年12月14日
- 更新日: 2024年12月4日
- 医療コラム
健やかな妊娠生活を送り出産を迎えるため、妊婦健診の受診は必要不可欠です。妊婦健診では、妊娠時期に合わせた必要な検査などを実施し、適切な指導やアドバイスなどを受けることができます。
今回は検査項目のひとつであるHTLV1について詳しくお伝えします。あまり知られていない感染症ですが、大切な人のためにも知っておきたいものです。ぜひ参考にして、HTLV1について正しく知りましょう。
1.妊婦健診で検査するHTLV‐1とは?
HTLV-1とは、ヒトT細胞白血病ウイルス1型 (Human T-cell Leukemia Virus type 1) の略称です。主に血液を介して感染し、感染者の体内では主にTリンパ球に感染します。
HTLV1は、感染しても多くは無症状のままですが、生涯にわたりウイルスを保有し続けることになり、感染者の一部は重篤な疾患を発症する可能性があります1)。
日本は世界的に見てHTLV-1感染者の多い国の一つで、もともと九州・沖縄地方に多いことが知られていましたが、近年では人口の大都市圏への移動、集中にともなって大都市圏で増加傾向にあります2)。
1)関連疾患と発症率とは
HTLV-1に関連する疾患について説明します。
成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)
感染者の約5%が発症する、血液のがんです。リンパ節腫脹、肝脾腫、白血球増加、高カルシウム血症などの症状が現れ、進行が早く予後不良な場合が多いです。40歳以下での発症は極めてまれで、発症のピークは60歳代の後半とされています。
HTLV-1関連脊髄症(HAM)
感染者が生涯において発症する確率は約0.3%で、神経系の疾患です。ウイルスが脊髄を攻撃することで、歩行障害、下肢のしびれや筋力低下、排尿・排便障害などの症状が現れます。進行性の病気で、ゆっくりと症状が進むことが多いですが、個人差が大きく、軽症で経過する人もいれば、車いすが必要になるほど重症化する人もいます。治療法は確立していませんが、症状を和らげる対症療法が行われます。
HTLV-1関連ぶどう膜炎(HU/HAU)
HTLV-1キャリア10万人あたり90~110人が発症する眼の病気です。症状には、眼の前に虫やゴミが飛んでいるようにみえる(飛蚊症)、かすんで見える(霧視)、目の充血、視力の低下などがあります。
その他
上記の疾患以外にも、HTLV1感染は、関節炎、肺の病気など、様々な疾患との関連が指摘され、、一人の人がこれらの病気を合併して発症することもあります3)。
2) 治療方法とは
HTLV-1自体を完全に排除する治療法は、現在のところ存在しません。ただし、関連疾患に対しては、それぞれの疾患に応じた治療が行われます。
HTLV-1感染者は、定期的な検査を受けることで、早期発見・早期治療に繋げることが重要です。
ATL成人T細胞白血病リンパ腫(ATL)
抗がん剤による化学療法、造血幹細胞移植などが行われます。
HTLV-1関連脊髄症(HAM)
症状を和らげるための薬物療法が行われます。
HTLV-1関連ぶどう膜炎(HU/HAU)
HU/HAUは副腎皮質ステロイドの点眼あるいは内服で治療を行います。
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2.HTLV‐1の感染経路とは
HTLV-1の感染経路は主に以下の3つです。
1) 母子感染(垂直感染)
最も重要な感染経路で、主に母乳を介して感染します。感染したママが母乳栄養を行った場合の赤ちゃんの感染率は15-20%といわれています。一方、ミルク栄養を行った赤ちゃんへの感染率は2-3%程度です。妊娠中や分娩時の感染も報告されています3)。
2) 性行為感染(水平感染)
主に男性から女性への感染が多く、女性から男性への感染は比較的少ないことが知られています。なお、ウイルスが入ったからといって必ずしも感染するものではありませんし、すぐに健康上の問題が起こるわけでもありません。
3) 輸血感染
現在は輸血前のHTLV-1スクリーニング検査が実施されているため、先進国ではほとんど見られなくなっています。
4)日常生活での感染はほとんどしない
日常生活での咳、くしゃみ、食器の共用、タオルの共用、握手、抱擁などでは感染しません。
3.母子感染予防のために
HTLV-1陽性のママから赤ちゃんへの感染は、ほとんどの場合、母乳を通して起こります。そのため、母乳からの感染を防ぐことが重要です。
母乳からの感染を防ぐ方法はいくつかあります。
1)母乳感染を防ぐ方法
完全母乳遮断
母乳を全く与えず、ミルクだけで育てる方法です。これが最も確実に感染を防ぐ方法として推奨されています。
短期母乳栄養
生後ごく短期間だけ母乳を与え、その後はミルクに切り替える方法です。
凍結母乳栄養
母乳を冷凍保存し、解凍して与える方法です。
2)医師や専門家と相談することが大切
母乳を全く与えなくても感染してしまう場合もあることから、母乳以外の感染経路も考えられています。
また、HTLV-1に感染していても、大人になってから白血病(ATL)を発症するのは約20人に1人、脊髄の病気(HAM)を発症するのは約3万人に1人と、非常に少ない確率です。
そのため、母乳をやめることで、母乳による免疫力アップなどのメリットが失われてしまうことを考えると、どの方法を選ぶかは、ママとご家族でよく話し合って決めることが大切です。医師や助産師などの専門家にも相談しながら、ママと赤ちゃんにとって最善の方法を見つけていきましょう。
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4.日常生活や妊娠・出産への影響
HTLV-1は、感染しても多くの人は無症状で、通常の生活を送ることができます。感染力は弱く、日常生活で人にうつすことはほとんどありません。そのため、HTLV-1キャリアであることを理由に、学校や職場で差別されることは決してあってはなりません。
感染がわかった場合でも、特別な治療は必要ありません。ただし、将来的に関連する病気の発症リスクがあるため、定期的な健康チェックを受けることが推奨されます。
また、HTLV-1キャリアの女性が妊娠・出産する場合でも、赤ちゃんに奇形が生じることはなく、妊娠や分娩に影響はありません。
ただし、母乳からの感染を防ぐため、医師と相談のうえ、授乳方法を検討する必要があります。
HTLV-1は、正しい知識を持つことで、安心して生活できる感染症です。偏見や差別をなくし、誰もが安心して暮らせる社会を築いていきましょう。
まとめ: HTLV-1のことを正しく知ることが大切
HTLV-1は感染していても生涯発症しないことがほとんどです。また、授乳方法を工夫することで感染リスクを低減できます。HTLV-1をしっか理解することは大切な人を守ることにもつながります。母子ともに健やかに過ごすことできるためにも、HTLV‐1について知りることが大切です、もしママがキャリアの場合は医師と相談の上で自分たちの状況にあった育児をしっかりとゆっくり選んでくださいね。
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出典
1)厚生労働省:HTLV-1情報ポータルサイト 「HTLV-1について/HTLV-1の基礎」
2)国立感染症研究所:HTLV-1感染症とは
3)厚生労働省:HTLV-1情報ポータルサイト:前掲サイト
4)同サイト
この記事の監修
牛丸敬祥 医療法人 ガーデンヒルズウィメンズクリニック院長
経歴
- 昭和48年 国立長崎大学医学部卒業
- 長崎大学病院産婦人科入局。研修医、医員、助手、講師として勤務。
- 産婦人科医療を約13年間の研修。体外受精に関する卵巣のホルモンの電子顕微鏡的研究
- 医療圏組合五島中央病院産婦人科部長、国立病院 嬉野医療センター産婦人科部長
- 長崎市立長崎市民病院産婦人科医長、産科・婦人科うしまるレディースクリニック院長
- 産婦人科の他に麻酔科、小児科の医局での研修
- 産婦人科医になって51年、35,000例以上の出産、28,000例の硬膜外麻酔による無痛分娩を経験しています。